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東京高等裁判所 昭和53年(う)3号 判決 1978年5月16日

控訴人 被告人

被告人 坪内正克 外一名

弁護人 西坂信

検察官 椎名啓一

主文

原判決を破棄する。

被告人両名はいずれも無罪。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人西坂信提出の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は検察官椎名啓一提出の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一点について

所論は、本件起訴状の公訴事実においては、宅地建物取引業者である被告会社サンユーハウス株式会社の宅地分譲業務の開始に当たり、同会社の代表者である被告人坪内正克が現地案内所を設置したところ、右案内所について宅地建物取引業法五〇条二項で命ぜられている届出が行われなかつたことが犯罪を構成するとの記載になつているが、右宅地分譲業務が「十区画以上の一団の宅地」の分譲業務であることが起訴状に訴因として明確にされていないから、本件起訴状に記載された公訴事実は、それが真実であつても、何らの罪となるべき事実を包含していないことになり、それにもかかわらず、原裁判所が本件公訴を受理したのは不法であるというのである。そこで一件記録を検討してみると、本件起訴状に公訴事実として記載されていることは、被告会社サンユーハウス株式会社は、佐野市若松町六四八番地に事務所を設置し、栃木県知事の免許を受けて宅地建物取引業を営んでいるもの、被告人坪内正克は、同社の代表取締役として同社の業務一切を統轄掌理しているものであるが、被告人坪内において、昭和五一年四月一〇日佐野市植上町一三六七番地の六に現地案内所を設置し、同社の宅地分譲業務を開始したが、右案内所に関し、その所在地、業務内容及び業務を行う期間を免許を受けた栃木県知事に届け出なかつたものであるというにとどまり、そこには、右の「現地案内所」が「十区画以上の一団の宅地を分譲する場合における当該分譲に係る案内所」に該当することが示されていないことは所論が指摘するとおりであり、右の不備は原審訴訟手続における検察側の冒頭陳述及び証拠調請求の際の立証事項においても何ら補正されず、ただ、検察側請求の証拠書類(捜査報告書並びに被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書)と証拠物(チラシ一枚)との中に、起訴状にいわゆる「宅地分譲業務」が、近接している一一区画の宅地の分譲業務である旨の記載が散見されるに過ぎなかつたけれども、本件起訴状には罰条として宅地建物取引業法五〇条二項が掲記されていることと本件起訴状に前記のとおり「宅地分譲業務を開始した」際の「現地案内所」という文言が使われていることと原審で検察側から請求があつた証拠の中に、右「宅地分譲業務」が近接している一一区画の宅地の分譲業務である旨の記載があることとに照らすと、本件起訴状に記載されている「現地案内所」とは、宅地建物取引業法五〇条にいわゆる建設省令である宅地建物取引業法施行規則一九条一項末段に定められている「案内所」すなわち「宅地建物取引業者が十区画以上の一団の宅地を分譲する場合における当該分譲に係る案内所」を意味するもので、本件起訴状に記載されている「宅地分譲業務」とは「十区画以上の一団の宅地」の分譲業務を示すものであることが読み取れるのであり、だからこそ原審訴訟手続において、弁護人は冒頭から、被告会社が本件起訴状記載の日時場所で行つた宅地分譲業務は一一区画の宅地の分譲業務であつたけれども、右の宅地は「十区画以上の一団の宅地」には当たらないと主張し、その一団性の存否について、立証活動が行われ論告や最終弁論が展開されたのであり、従つて、本件起訴状は、その記載がいかにも杜撰であつて措辞不明確のそしりを免かれず、ことに右起訴状中に被告会社が前記「現地案内所」以外に「事務所を設置」していることが記載され、原審訴訟手続で検察側から証拠調請求があつた実況見分調書中に、右の「現地案内所」の施設の状態が克明に記載されていることにかんがみると、右の「現地案内所」とは前記施行規則一九条一項前段所定の「継続的に業務を行なうことができる施設を有する場所で事務所以外のもの」を指示しているかも知れないと考えることも、あながち荒唐無稽といい切れないが、本件起訴状は、それに記載された事実が真実であつても、何らの罪となるべき事実を包含していない場合には当たらないし、又、本件公訴事実の記載が刑訴法二五六条三項の規定に違反するものではないというべきであるから、原裁判所が本件公訴を受理して実体判決をしたことに何ら不法の点はなく、論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点について

所論は、原判決は、被告会社サンユーハウス株式会社が原判示の日時に原判示の分譲業務を開始した宅地、すなわち一一区画の宅地は、同一時期に同一広告で右分譲業務を行つたものであり、しかも同一町内と見られるような近接地に散在しているものであるから、たとえ地続きでなくても、宅地建物取引業法施行規則一九条一項所定の「一団の宅地」とみなすべきものと解することが相当であるとしているけれども、右の「一団の宅地」とは、それが社会通念上「ひとかたまり」のものといわれ得ることを要し、従って、一個の標識の掲示(宅地建物取引業法五〇条一項、宅地建物取引業法施行規則一九条二項)により、行政指導の際全区画を見渡して監督をなし得る範囲内にあり、かつ、消費者においても右標識により、全区画が同一業者の販売に係る宅地であることを理解し得るものであることを要すると解すべきものであり、本件一一区画の宅地は右の要件を充たしていないから「一団の宅地」には当たらず、従つて、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤りがあるというのである。そこで、まず一件記録を精査検討してみると、原審で取り調べられた各証拠、ことに、押収してあるチラシ一枚(東京高裁昭和五三年押第二号の一)及び原裁判所の検証調書並びに被告人の司法警察員に対する供述調書及び原審公判廷における供述によれば、被告会社サンユーハウス株式会社が原判示のとおり分譲業務を開始した土地は、栃木県佐野市植上町北馬場町一三六六番の四畑一四〇・九四平方メートル(以下「A地」という。)、同所同番の五畑一五二・二八平方メートル(以下「B地」という。)、同所同番の六畑一六〇・二七平方メートル(以下「C地」という。)、同所一三七一番の七宅地一五七・四一平方メートル(以下「D地」という。)、同県同市植下町若宮八六三番畑一四三・四八平方メートル(以下「E地」という。)、同所八五九番畑一四三・四八平方メートル(以下「F地」という。)、同県同市同町南馬場町一〇二一番畑一五二平方メートル(以下「G地」という。)、同所一〇二二番の一畑一五二平方メートル(以下「H地」という。)、同所一〇二九番畑一五二平方メートル(以下「I地」という。)、同所九五一番畑一五二平方メートル(以下「J地」という。)及び同所九七八番の五雑種地一四八・八六平方メートル(以下「K地」という。)の計一一区画の土地で、同会社は、昭和五〇年四月ころK地とそれに隣接する四筆の土地(本件分譲のときには既に売却済で、その中の一筆は私道)とを所有者鈴木藤一から購入し、同年一二月ころD地とそれに隣接する二筆の土地(本件分譲のときには既に売却済)とを所有者小野沢多一郎から購入し、昭和五一年一月ころA地、B地及びC地を所有者小野沢多一郎から、同年二月ころE地及びF地を所有者恩田某から、同年二月ころG地、H地、I地及びJ地を所有者小林庄太郎から、それぞれ購入したものであり、以上の土地以外には、その付近で同会社が土地分譲を行う計画はなかつたと認められるところ、A地とB地とC地とは地続きであり、これと幅員三・七メートルの道路を挾んでD地があり、又E地とF地とは地続きであり、更にG地とH地とI地とJ地とは地続きであるけれども、A地、B地、C地、D地とE地F地とは約五九三メートル距たつており、G地、H地、I地、J地はA地、B地、C地、D地との距離が約五八六メートル、E地F地との距離が約一一七メートルあり、又K地は、A地B地、C地、D地との距離が約五六三メートル、E地、F地との距離が約三四九メートル、G地、H地、I地、J地との距離が約一九二メートルあることが明らかであつて、原裁判所は、原判決中に以上の事実関係を明示していないけれども、これを前提として、なお、本件一一区画の土地が宅地建物取引業法施行規則一九条一項所定の「十区画以上の一団の宅地」に該当するとして、原判決に及んだものと考えられる。

しかるところ、宅地建物取引業法五〇条及び宅地建物取引業法施行規則一九条が宅地建物取引業者(以下「業者」という。)に対し「十区画以上の宅地を分譲する場合における当該宅地の所在する場所及び当該分譲に係る案内所」について標識掲示義務及び届出義務を課しているのは、消費者の保護と監督行政官庁の業者に対する指導監督の充実とのため、すなわち当該分譲が宅地建物取引業法三条一項の免許を受けて宅地建物取引業を営む者によつて行われるものである旨を公示させ、もつて、いわゆるモグリによる営業行為を防止抑制し、宅地取引業務の適正な運営と宅地取引の公正とを確保し、購入者等が優良な業者を選択するための一助として、購入者等宅地取引関係者等の利益を保護し、宅地の流通の円滑化を図ると共に、免許権者たる建設大臣若しくは都道府県知事及び当該宅地の所在地を管轄する都道府県知事が業者の営業活動の実態を全般的に把握することができ、もつて、業者に対する指導監督の充実を図ることを目的として制定されたことにかんがみると、宅地建物取引業法施行規則一九条一項所定の「十区画以上の一団の宅地」を、地続きのひとかたまりの土地のみを指すものと狭く解釈すべきではなく、「十区画以上の宅地」が互いに近接し、その実情把握が容易でありさえすれば、かかるものも右の「一団の宅地」に当たると解すべきではあろう。しかし、この地理的近接性は、営業活動の一体性と相俟つて当該宅地の一団性の認定の基準となるものではあるけれども、従つて、同一時期、同一広告及び同一案内所というように営業活動の一体性が比較的強固であるときには、右の地理的近接性という要件は比較的ゆるやかに解すべきではあろうが、それでもなお、地理的近接性を全く無視することは許されず、業者として通常の知識経験を有する者ならば、だれでも、ひとかたまりの土地と考えることができる程度の地理的近接性が具備されていることを要すると解すべきである。このことは、前記標識掲示義務又は届出義務に違反した業者に対しては罰金刑が規定されていて、罰金の刑に処せられた者には更に免許取消という制裁が課せられていることからも当然のことといわなければならない。又宅地建物取引業法施行規則一九条一項所定の「十区画以上の一団の宅地」の解釈基準について業者に対する行政指導がこれまで全く行われておらず、この点に関する解説書等の公刊物や行政処分例及び裁判例が全くないことに照らすと一層然りである。

従つて、たとえ同一業者が同一時期に同一の広告により同一案内所で宅地分譲業務を行うときでも、当該宅地が、業者として通常の知識経験を有する者でもひとかたまりの土地とはとても考えられない程度に、広範囲に散在している土地をかき集めることによつて始めて「十区画以上の」宅地を構成している場合には、これは前記「一団の宅地」には当たらないとしなければならない。これを本件についてみるに、前記事実関係のとおり、数個ずつかたまつて存在する宅地を数かたまり寄せ集めて始めて「十区画以上の宅地」となつている本件一一区画の土地は、前記距離関係やその周辺地域における土地分譲計画がないことに照らすと、右の地理的近接性の要件を全く備えていないといわざるを得ず、従つて、これがたとえ原判決説示のように「同一町内と見られるような近接地に散在する」ものであつても、宅地建物取引業法施行規則一九条一項所定の「十区画以上の一団の宅地」には当らないというべきであり、原判決は、この点において法令適用の誤りがあり、右の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであることはいうをまたないから、論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に次のとおり自判する。

本件公訴事実は、被告会社サンユーハウス株式会社は、佐野市若松町六四八番地に事務所を設置し、栃木県知事の免許を受けて宅地建物取引業を営んでいるもの、被告人坪内正克は、同社の代表取締役として同社の業務一切を統轄掌理しているものであるが、被告人坪内において、昭和五一年四月一〇日佐野市植上町一三六七番地の六に現地案内所を設置し、同社の宅地である一一区画の宅地の分譲業務を開始したが、右分譲は宅地建物取引業法施行規則一九条一項所定の「十区画以上の一団の宅地」の分譲に当たるにもかかわらず、右案内所に関し、その所在地、業務内容及び業務を行う期間を免許を受けた栃木県知事に届け出なかつたものであるというのである。

しかし前述の理由により、被告会社サンユーハウス株式会社が分譲業務を開始した前記一一区画の土地は宅地建物取引業法施行規則一九条一項所定の「十区画以上の一団の宅地」に該当せず、従つて、同会社は宅地建物取引業法五〇条二項所定の届出義務を負わないことが明らかであり、結局本件被告事件について犯罪の証明がないことになるから、刑訴法三三六条後段により被告人両名に対し無罪の言渡をすることとして、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 寺尾正二 裁判官 山本卓 裁判官 杉浦龍二郎)

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